マックスむらいの動画企画を体験!イベントレポート
2019年8月3日、デジタルハリウッドSTUDIO姫路校が「マックスむらい」(登録者数155万人)を迎え、「クリエイターズミーティングVol.5【マックスむらいがやって来る!】」というイベントを開催しました。
イベントに仕掛けられた本物のドッキリ
今回のイベントは、マックスむらいの講演と、参加者がYouTubeの動画企画を考えるワークショップの2本立て。
実は今回のイベント、参加者全員で「マックスむらいチャンネル」でおなじみのドッキリをむらいさん本人に仕掛けるというオマケ付きでした。
仕掛け人は「マックスむらいチャンネル」に出演しているりおなりさんとハラミンさん。
・マックスむらいが会場入りしたら、そこではりおなりが講演していた
・参加者の中に東京にいるはずのハラミンが紛れ込んでいた
という2つのドッキリが仕掛けられ、結果は大成功。
参加者も大いに盛り上がり、会場はイベント開始前から和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。
ドッキリの詳しい様子はこちらで。
・「【ドッキリ】講演会の参加者の中に変装した部下が紛れてるドッキリ」(マックスむらいチャンネル)
・「ドッキリの裏側」(デジタルハリウッドSTUDIO姫路校ブログ)
講演「YouTuberマックスむらい」を語る!
そんな中で始まったのが、むらいさんご本人の講演。
「『YouTuberマックスむらい』を語る!」というテーマで、マックスむらいがYouTuberとなった経緯について語られました。
iPhoneとの出会い
国内初上陸となるiPhone、「iPhone3G」が発売されたのは2008年7月11日。
むらいさんは、夜を徹して表参道のAppleストアに並び、iPhoneを入手したそうです。
iPhoneに触れ「これはインターネットそのものだ」と興奮すると同時に
この中で何か商売ができないと、20年後には商売ができなくなる
と危機感を抱いたとのこと。何かしなければと焦る気持ちの中、
プログラミング技術も何もない、自分にできることはなんだろう?
物書きでもなんでもなかったんですけど、文章を書くくらいだったらできるかなあ
と、思いついたのがアプリの紹介をすること。
朝から晩までアプリの紹介記事を書く
2カ月後、むらいさんの同僚の現AppBank社長の宮下さんが作ったのがブログメディアの「AppBank」でした。
当時所属していたガイアックスの子会社GT-Agencyという会社の社内ベンチャーとして立ち上がりました。
むらいさんは「ここに自分の人生を賭けよう」と決意し、
朝から晩までアプリをダウンロードしては紹介記事を書く日々が始まりました。
最も多いときには1日に16本の記事を書いたこともあるとか。
そんな生活が1年半続いたそうです。
トントン拍子にテレビ出演
そんなある日、テレビ朝日の『お願い!ランキング』から「アプリのランキングを作りたいので監修をしてほしい」との依頼が舞い込みます。
番組の担当者との打ち合わせは東京・中目黒の喫茶店で行われました。
話の中で、担当者におすすめのアプリを尋ねられたむらいさんは「エアバイオリン」のアプリを紹介。
周囲の目を気にすることなく、iPhoneを手にバイオリンを演奏する様子を見せたむらいさん。
担当者は「おもしろい!」と思ったのでしょうか、ランキングの監修依頼だったはずが、なんとも軽いノリから、その5日後に放送される番組に出演することになってしまったのでした。
その後1年以上、同番組に出演し続けたむらいさんは、木村拓哉や香川照之などの芸能人とも共演する機会に恵まれたそうです。
マックスむらいの誕生
2012年、「パズル&ドラゴンズ」(パズドラ)の爆発的な人気を受け、ニコニコ生放送でAppBankがゲーム実況する話が持ち上がりました。
AppBankにはゲーム専門の“攻略班”というチームがあったものの、彼らはカメラの前では緊張してうまくしゃべれない。
そこで、ゲームは下手でも度重なるテレビ出演ですっかりカメラ慣れしていたむらいさんに白羽の矢が立ちます。
芸名はゲーム用語の「レベルMAX」から「マックスむらい」に。
これが「マックスむらい」の誕生でした。
YouTubeから「ゲーム実況やりませんか?」
当時、日本ではゲーム実況はまだニッチでしたが、ニコニコ動画での活躍を見たYouTubeから「YouTubeでもゲーム実況をやりませんか」というオファーが舞い込みます。
実は世界では、スウェーデンのゲーム実況者ピューディーパイがチャンネル登録者数1000万人を突破するなど、ゲーム実況はすでに人気のジャンルとなっていました。
(※ピューディーパイの登録者数は2019年8月22日現在9900万人)
打ち合わせに訪れたGoogleでピューディーパイのゲーム実況動画を見せられたむらいさんは、
無理無理無理!
そんな派手なことできません!
とその場で断ったものの、
日本でゲーム実況はまだまだの分野だから大丈夫!
と説得されて承諾。
これが、2013年10月からYouTubeで活動することになるきっかけでした。
“手抜き”がハマって大人気に
毎回数十万円の費用をかけて実況するニコニコ動画と違い、YouTubeでは個人のプレイ動画だけを投稿。
会社のデスクで唐突に動画を撮り始めるスタイルは「手抜き」にも見えたかもしれません。
ところがそれが「すごいハマって」大人気に。
2014年9月、YouTubeのチャンネル開設から1年弱で登録者数は100万人を突破しました。
PCからスマホへの民族大移動
当時はまだパソコンでインターネットをするのが主流。
むらいさんの体感では、ニコニコ動画の利用者の95%はPCからのアクセスで、ヤフー、楽天、アマゾン、YouTubeといったインターネット企業の課題は「どうすればユーザーはスマホで見てくれるのか」にありました。
そんな中、パズドラの実況という「ザ・スマートフォンというコンテンツをたまたまやっていた」むらいさんを、ニコニコ動画やYouTubeが放っておくわけがありません。
YouTubeは公式プロモーション「好きなことで、生きていく」でむらいさんを起用。
莫大な予算をかけたとのことです。
むらいさんは「『PCからスマホへの民族の大移動』という使命を課せられたんだ」と飲み込み、全力で頑張ったそうです。
当時を振り返り、むらいさんは
「マックスむらいフィーバーモード」だったと語ります。
何かを発信する行為を、どういう形で表現するか
“YouTuber”という言葉もない当時、
タレントになろうと思ったことも、動画だけで飯を食っていこうと思ったこともなかった
というむらいさん。
YouTuberとして成功できたのは、
プラットフォームに合わせてコンテンツをフィットさせたもので、
ブログでも動画でもSNSでも自分の中では変わらない。
何かを発信するという行為を、どういう形で表現するかだけの差
と語ります。
今後も3~4年はYouTubeの覇権は続く
むらいさんはよくファンから「いつかYouTubeがなくなったらどうするか」という質問を受けます。
そのときの答えはいつもこうです。
将来、テレパシーで意思を伝えられる時代が来たら、「念じて配信する生活」に入る
時代の変化に合わせて手段は変えていけばいいというのがむらいさんの持論です。
しかし、
今後少なくとも3~4年はYouTubeの覇権は変わらないと思う。
それぐらいは勝ち続ける。
ユーザーにとっても視聴者にとっても、価値のあるプラットフォーム
とYouTubeを評価、参加者にも「引き続き挑戦しがいのあるプラットフォームだと思う」と語りました。
プライベートが生きづらくなった
最後にむらいさんは、YouTuberになって良いことがたくさんあった一方で、
プライベートが生きづらくなりました
とこぼしました。
行ける店減ったし、新宿渋谷界隈では居酒屋もいけないし、
例えばですが、女性と2人で飲みに行く、みたいなこともなくなりました。
1対1だとどこで写真を撮られてどこで炎上するかわからない
芸能人よりも身近なYouTuberという存在。
見られ方には特に気をつけているそうで、むらいさんは電車に乗るときも、常に背筋をピーンと伸ばしているとのこと。
ちなみに「ヒカキン」(登録者数758万人)も以前テレビ番組に出演した際、炎上しないよう、LINEのやり取りの文言に至るまで細心の注意を払っていると語っています。
プライベートが犠牲になるのは人気YouTuberの定めのようです。
(関連記事「ヒカキン、ダウンタウンなう【本音でハシゴ酒】出演」)
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関連リンク
・マックスむらい(YouTube)・マックスむらい(ユーチュラ)
・デジタルハリウッドSTUDIO姫路校
・「ドッキリの裏側」(デジタルハリウッドSTUDIO姫路校ブログ)